2010年03月23日
少林寺拳法練習顛末
やはり職場単位での練習楽しいでした。練習場が確保できました。職場近くの小学校の体育館を、校長の許可をいただき借用する事が出来ました。ここでは、拳法の練習もやりましたが、小学生と体育館で遊んだり、自分たちでバスケットをやったりと、練習半分娯楽半分のどちらかというと遊び的なことが多かったでした。
職場の運動会が開かれ昼休みの時間に、少林寺拳法の演武をやろうということになり、4組8人が昼に道衣(全員白帯)に着替え、簡単な演武を20分位見せました。また、夏には合宿と銘打って2泊3日で国民宿舎に寝泊りをし、公園の芝生での楽しい練習も行いました。海へも皆で合宿に行きました。職場の提携宿泊所が有り、その屋上に出て潮風を胸に一杯吸い込みながら、気合充分に練習をしました。
そうこうしている内に、私は元来武道が好きで、特に無手での格闘技に興味があったので、職場の練習から一歩前進すべく一人、町の「道院」(少林寺拳法の道場をこう呼ぶ)に行き入門の許可を貰い、職場とは別に練習を始めました。週に2回の練習でした。楽しくて時間が待ちきれず、練習日はかなり早く道場に行きました。土曜日は空手が練習をしていましたので、それを見学させてもらいながら、技を盗んでいました。空手の上段直突きは早いですね。感心して見ていました。これを何度も練習して見ました。
1級に合格し白帯から茶帯となり、初段合格。晴れての「黒帯」です。感慨無料でした。いつの間にか入門してから2年が経っていました。白から茶になり黒と色が変化する事は、そのやっている物事に深く染まってくる事を意味しています。
『花嫁さんが結婚式の時に白無垢の和服を着て登場しますが、これは早く婚家の仕来たり家風に染まるように、心も体も全てが純白です、早く染めてくださいという願いが込めれれているようです。蛇足ですが。』
本山(四国多度津)に帰参するには二段の審査をする必用が有り、練習に励み初めて本山に行く事が出来ました。管長(開創)の法話を生の声でお聞きすることが出来ました。管長は、ここのこの場所は、君達皆の者だ。何時でも帰って来い。と、嬉しいお言葉をいただいています。また、本山の広い大講堂での練習は感慨深いものがありました。二段の審査にも無事合格し、小拳士二段となりました。さて、三段の審査まではやはり3年の修行年限が有ります。しかし、この3年を何とか修行し、初段から一緒に練習、審査と苦労を共にし痛みを楽しんだ友と、共に再び少林寺拳法本山に受験に赴き無事合格。印可状をいただき「三段 中拳士」となりました。
しかし、この一緒に練習を積んできた友が、相手の信号無視の交通事故で呆気なく逝ってしまいました。なんとはかない事か。退職まであと3年というところでした。
職場の運動会が開かれ昼休みの時間に、少林寺拳法の演武をやろうということになり、4組8人が昼に道衣(全員白帯)に着替え、簡単な演武を20分位見せました。また、夏には合宿と銘打って2泊3日で国民宿舎に寝泊りをし、公園の芝生での楽しい練習も行いました。海へも皆で合宿に行きました。職場の提携宿泊所が有り、その屋上に出て潮風を胸に一杯吸い込みながら、気合充分に練習をしました。
そうこうしている内に、私は元来武道が好きで、特に無手での格闘技に興味があったので、職場の練習から一歩前進すべく一人、町の「道院」(少林寺拳法の道場をこう呼ぶ)に行き入門の許可を貰い、職場とは別に練習を始めました。週に2回の練習でした。楽しくて時間が待ちきれず、練習日はかなり早く道場に行きました。土曜日は空手が練習をしていましたので、それを見学させてもらいながら、技を盗んでいました。空手の上段直突きは早いですね。感心して見ていました。これを何度も練習して見ました。
1級に合格し白帯から茶帯となり、初段合格。晴れての「黒帯」です。感慨無料でした。いつの間にか入門してから2年が経っていました。白から茶になり黒と色が変化する事は、そのやっている物事に深く染まってくる事を意味しています。
『花嫁さんが結婚式の時に白無垢の和服を着て登場しますが、これは早く婚家の仕来たり家風に染まるように、心も体も全てが純白です、早く染めてくださいという願いが込めれれているようです。蛇足ですが。』
本山(四国多度津)に帰参するには二段の審査をする必用が有り、練習に励み初めて本山に行く事が出来ました。管長(開創)の法話を生の声でお聞きすることが出来ました。管長は、ここのこの場所は、君達皆の者だ。何時でも帰って来い。と、嬉しいお言葉をいただいています。また、本山の広い大講堂での練習は感慨深いものがありました。二段の審査にも無事合格し、小拳士二段となりました。さて、三段の審査まではやはり3年の修行年限が有ります。しかし、この3年を何とか修行し、初段から一緒に練習、審査と苦労を共にし痛みを楽しんだ友と、共に再び少林寺拳法本山に受験に赴き無事合格。印可状をいただき「三段 中拳士」となりました。
しかし、この一緒に練習を積んできた友が、相手の信号無視の交通事故で呆気なく逝ってしまいました。なんとはかない事か。退職まであと3年というところでした。
Posted by 阿羅漢 at 13:37│Comments(0)