2015年12月28日
タイと日本の伝統文化の違い (前編)
最初に、伝統,文化の意味を確認したい。
※伝統―ある民族・集団・社会において、古くから受け継いで行われてきている、有形無形の様式・風習・傾向
※文化―人間が、その精神の働きによって、地上に作り出した有形・無形のものすべてで、学習によって伝承してゆくもの。特に、その物質的所産を「文明」というのに対して、その精神的所産を「文化」ということが多い
(出典:「シャープ電子辞書」)
1、タイの文化(特に、「武術」)一考察
私は地方公務員として、30有余年真面目に(?)勤め上げ、円満に定年退職をした。そして、8年前に諸事情と世の流れで、この地「タイ」に移り住むようになった。
タイとの関係を思い起こせば、この地へ初めて渡ったのは、43か4歳の時であるから、既に、早くも25年近くが過ぎ去っている。
そのような中、私は、退職する5年前から縁あって杖道と巡り合い修行をはじめた。杖道は(海外に住んで居て独り稽古が多い。)昨年なんとか四段を「授与」することが出来た。
そんなことで、合縁奇縁によって、日本から飛行機で約6時間も離れた、東南アジアの一国タイ国に住まわしていただいて居るので、本題の『タイの文化(特に、「武術」)』について考えてみたいと思います。
タイ国の武術(道)と言えば、何と言っても世界的(?)というか、日本でもテレビで馴染みであり、いの一番に挙げなければならないのが、「キック・ボクシング」という名称で知られているのが、「ムエタイ」(タイ式ボクシング『タイ語』มวย ใฑย muai thai)である。
その他にはというと、
以前インターネットにて調べたところ、〔平成23年5月18日投稿「タイ武術」参照〕
(1)フォン・ダンプ(剣の武術)
(2)フォンマイコン(木の棒を使用)
(3)フォンジューン(舞踊的な体操・武術)
(4)クラビ・クラボーン(二刀流)
(参考)タイ語 ・刀(ダブ) ・木(マイ) ・フォン(? 踊り か)
では、これらの武術や舞踊が、日本の武術(道)と同じ様に、日常、恒常的にタイ全土(又は特定地域)で、修練ないしは稽古の類が行われているかというと、(一部の武術を除き)甚だ疑問が沸いてくる。
そのためか、一般の人達がこれらの武術を気軽に、そして、簡単に見る事が出来るか、と言うと希少と言う事の方が妥当であろう、ひいては、興味が沸けば気軽にその「門を叩く」、という好循環の結果も期待でき得ない事になる、のではないかと思料します。
極端な見方をすれば、これらのタイ武術は一般のタイの人達には、全く馴染みが無い点が、、国民に広く浸透する事を阻む、大きな要因ではないかと考えられます。
タイ国内では過去に、伝統的な武術はあまり育ち得なかったのか? … …。
私は日本でも、時代劇、特に、戦闘や戦記物の映画が大好きで、よく見ています。
タイのテレビでも、(言葉は不得手ですので意味は判りませんが。)得に好きなのは、「アユタヤ王朝期」の隣国間と繰り広げられる、領土争い等の戦闘場面が大好きです。その集団の中には、日本人と思しき甲冑等を身に纏った人達の集団も見える。(山田長政か?)
その戦いの場面で私が、特に一番強く印象付けられていて目を引くのが、タイ人の武士(もののふ)が二刀を背負い、それを両の手で自由自在に扱う刀法です。
タイ刀(私が名付けた「シャム刀」)の外観は、日本刀と比較すると柄がかなり長く、それに比べると刀身が短い。何か全体の印象は、不恰好である。(どうしても、日本刀の拵えと比較してしまいますので。)
この様な造りは何故なのか、疑問が有りますが、話を聞く人が居ないので、未だ疑問のままである。
今も特に多く製造されているのが、アユタヤであると伝え聞くが。
(テレビを見ていると)刀法上、この長い柄を片手で扱うのであるから、半分の長さでも十分ではないか、とも思ってしまう。
しかし、実際、今まで自分でこの刀を手にして、十分に扱った事が無い。そのために、刀の構造上事、重心や全体の重さ加減が判らないから、何とも言えないが、この柄の長さで刀を駆使しながら、時には接近戦では、一刀で刀を受けながら、相手を蹴り込み倒す事も有る。この刀と体術の組合せは、頻繁に場面場面で駆使されている。
この動作(刀法と蹴りの組合せ)は遣ってみると判るが、余程修練し慣れないと出来ない。
刀法と体術の組合せ動作は、実際に遣ってみると判るが難しい。刀を片方で受けられても、蹴りを出すという行為が、重心の位置によって出しずらい。難しい動きである事には間違いはない。それをいとも簡単に行っているのである。関心せざるを得ない。
実は二度程この刀を模した「物」を以前、夜店と地方の土産品店頭に、陳列してあるのを手に取って見た事がある。
全体の造作がいい加減である。本当に『駄物』である。金額も安価であるが、造りがいかにも粗悪であり貧相このうえもない。刀身も単に鋼鉄を叩いて伸ばし、それを、研いだもので、柄との接合部分も安直な感じがした。もちろん購入はしなかった。
(後編へ)
※伝統―ある民族・集団・社会において、古くから受け継いで行われてきている、有形無形の様式・風習・傾向
※文化―人間が、その精神の働きによって、地上に作り出した有形・無形のものすべてで、学習によって伝承してゆくもの。特に、その物質的所産を「文明」というのに対して、その精神的所産を「文化」ということが多い
(出典:「シャープ電子辞書」)
1、タイの文化(特に、「武術」)一考察
私は地方公務員として、30有余年真面目に(?)勤め上げ、円満に定年退職をした。そして、8年前に諸事情と世の流れで、この地「タイ」に移り住むようになった。
タイとの関係を思い起こせば、この地へ初めて渡ったのは、43か4歳の時であるから、既に、早くも25年近くが過ぎ去っている。
そのような中、私は、退職する5年前から縁あって杖道と巡り合い修行をはじめた。杖道は(海外に住んで居て独り稽古が多い。)昨年なんとか四段を「授与」することが出来た。
そんなことで、合縁奇縁によって、日本から飛行機で約6時間も離れた、東南アジアの一国タイ国に住まわしていただいて居るので、本題の『タイの文化(特に、「武術」)』について考えてみたいと思います。
タイ国の武術(道)と言えば、何と言っても世界的(?)というか、日本でもテレビで馴染みであり、いの一番に挙げなければならないのが、「キック・ボクシング」という名称で知られているのが、「ムエタイ」(タイ式ボクシング『タイ語』มวย ใฑย muai thai)である。
その他にはというと、
以前インターネットにて調べたところ、〔平成23年5月18日投稿「タイ武術」参照〕
(1)フォン・ダンプ(剣の武術)
(2)フォンマイコン(木の棒を使用)
(3)フォンジューン(舞踊的な体操・武術)
(4)クラビ・クラボーン(二刀流)
(参考)タイ語 ・刀(ダブ) ・木(マイ) ・フォン(? 踊り か)
では、これらの武術や舞踊が、日本の武術(道)と同じ様に、日常、恒常的にタイ全土(又は特定地域)で、修練ないしは稽古の類が行われているかというと、(一部の武術を除き)甚だ疑問が沸いてくる。
そのためか、一般の人達がこれらの武術を気軽に、そして、簡単に見る事が出来るか、と言うと希少と言う事の方が妥当であろう、ひいては、興味が沸けば気軽にその「門を叩く」、という好循環の結果も期待でき得ない事になる、のではないかと思料します。
極端な見方をすれば、これらのタイ武術は一般のタイの人達には、全く馴染みが無い点が、、国民に広く浸透する事を阻む、大きな要因ではないかと考えられます。
タイ国内では過去に、伝統的な武術はあまり育ち得なかったのか? … …。
私は日本でも、時代劇、特に、戦闘や戦記物の映画が大好きで、よく見ています。
タイのテレビでも、(言葉は不得手ですので意味は判りませんが。)得に好きなのは、「アユタヤ王朝期」の隣国間と繰り広げられる、領土争い等の戦闘場面が大好きです。その集団の中には、日本人と思しき甲冑等を身に纏った人達の集団も見える。(山田長政か?)
その戦いの場面で私が、特に一番強く印象付けられていて目を引くのが、タイ人の武士(もののふ)が二刀を背負い、それを両の手で自由自在に扱う刀法です。
タイ刀(私が名付けた「シャム刀」)の外観は、日本刀と比較すると柄がかなり長く、それに比べると刀身が短い。何か全体の印象は、不恰好である。(どうしても、日本刀の拵えと比較してしまいますので。)
この様な造りは何故なのか、疑問が有りますが、話を聞く人が居ないので、未だ疑問のままである。
今も特に多く製造されているのが、アユタヤであると伝え聞くが。
(テレビを見ていると)刀法上、この長い柄を片手で扱うのであるから、半分の長さでも十分ではないか、とも思ってしまう。
しかし、実際、今まで自分でこの刀を手にして、十分に扱った事が無い。そのために、刀の構造上事、重心や全体の重さ加減が判らないから、何とも言えないが、この柄の長さで刀を駆使しながら、時には接近戦では、一刀で刀を受けながら、相手を蹴り込み倒す事も有る。この刀と体術の組合せは、頻繁に場面場面で駆使されている。
この動作(刀法と蹴りの組合せ)は遣ってみると判るが、余程修練し慣れないと出来ない。
刀法と体術の組合せ動作は、実際に遣ってみると判るが難しい。刀を片方で受けられても、蹴りを出すという行為が、重心の位置によって出しずらい。難しい動きである事には間違いはない。それをいとも簡単に行っているのである。関心せざるを得ない。
実は二度程この刀を模した「物」を以前、夜店と地方の土産品店頭に、陳列してあるのを手に取って見た事がある。
全体の造作がいい加減である。本当に『駄物』である。金額も安価であるが、造りがいかにも粗悪であり貧相このうえもない。刀身も単に鋼鉄を叩いて伸ばし、それを、研いだもので、柄との接合部分も安直な感じがした。もちろん購入はしなかった。
(後編へ)
2015年01月04日
武道を修行する者としてタイ国から故国・日本を思う その壱
日本から「空中遠距離鉄製大衆運搬乗物」で約6時間。自由を制限された鉄の塊の中で過ごす、「とき」のなんと長いことか。しかし、それも決められた定めのあっての事。それを逸脱する事は、この乗物に乗せてもらえない事である。全て世の中、その場、その物事等により決められし「定め」で動かされている。
さて、前置きはこれぐらいにしまして、正月ですので気持ちも新たに、日本・日本国の「こと」を考えてみたいと思います。
日本国を取り巻く環境が決して穏やかではない事は、以前の比ではありません。特に、歴史問題を楯に取った近隣諸国の日本攻撃(叩き)は、目に余るものがあります。また、国内でもそれに助長し煽る行為を公然と行う、個人団体が存在する事は、何とも憤懣遣る方無い思いがしてまいります。
「歴史問題」とは。
真実の歴史は一つしか無いはずです。「日本国の刻んできた歴史を」他国が、この時期の歴史はこうである。こうでなくてはならない。このような事があった。等々勝手気ままに、御託を並べ挙句の果てには、歴史の捏造を平然と行い、世界に公言と垂れ流しをしている。これは許しがたき行為である。
日本国はそれに対しどのような対応策を講じてきたかといえば、(以前からの踏襲で)謝罪を繰り返す外交等をしてきただけで、(真実の歴史)で反論を試みると「歴史修正主義者」と評される始末である。
いつまで諸国に対して、謝罪をし続けていくのか。日本国はそれでよいのか。これまで日本国を築き上げてきた先人に対して、申し訳と共に恥ずかしくないのか。
今読んでいる本「繁栄の行きつく先 歴史を忘れた日本人」(著者 村上兵衛)約30年前に書かれた本であるが、今読んでも何とも納得のいく事柄が多い。
著者は「はじめに」でこう書いている。
『今日の日本人のひとつの特色をいえば、それは「歴史を知らない」ということだろう。とりわけ戦後世代はだいいちに学校で歴史、とくに近代・現代の日本の歴史をろくに習うことなく育ち、社会的にも“歴史意識”をやしなう機会のないままに過ごしてきた。』
(「近代」明治維新以後の時代。 「現代」大東亜戦役以後現在までの時代。)
先の大戦で有史以来、初めて(対外的に)敗北した日本国。その後の占領軍により成された施策の功罪は多くのものがある。しかし、その「ぬるま湯」にながながと浸り、母親の庇護の基よろしく、安穏と木偶の坊然として傘の下で平穏を謳歌していたのも、また、日本国である。その「つけ」が襲いかかってきている。
(これでいいのか、「日本」国,人)
勤勉で、実直で、「義」を重んじる国民。海外でもその評価は高い。
タイに住んでいても心強いものがあるが、その反面、背負っている、「日本国」の認識はずしりと重い気がします。
海外で生活している一人一人がきっと気が付かない中で、漠然とではあるが意識下の中にあることではないでしょうか。
これは、一重に日本人として二千六百年以上の長い歴史の中で培ってきた、日本人としての「意識」(DNAの作用)でしょう。
「タイ国から故国・日本を思う その弐」 は、近い内に投稿させていただきます。
さて、前置きはこれぐらいにしまして、正月ですので気持ちも新たに、日本・日本国の「こと」を考えてみたいと思います。
日本国を取り巻く環境が決して穏やかではない事は、以前の比ではありません。特に、歴史問題を楯に取った近隣諸国の日本攻撃(叩き)は、目に余るものがあります。また、国内でもそれに助長し煽る行為を公然と行う、個人団体が存在する事は、何とも憤懣遣る方無い思いがしてまいります。
「歴史問題」とは。
真実の歴史は一つしか無いはずです。「日本国の刻んできた歴史を」他国が、この時期の歴史はこうである。こうでなくてはならない。このような事があった。等々勝手気ままに、御託を並べ挙句の果てには、歴史の捏造を平然と行い、世界に公言と垂れ流しをしている。これは許しがたき行為である。
日本国はそれに対しどのような対応策を講じてきたかといえば、(以前からの踏襲で)謝罪を繰り返す外交等をしてきただけで、(真実の歴史)で反論を試みると「歴史修正主義者」と評される始末である。
いつまで諸国に対して、謝罪をし続けていくのか。日本国はそれでよいのか。これまで日本国を築き上げてきた先人に対して、申し訳と共に恥ずかしくないのか。
今読んでいる本「繁栄の行きつく先 歴史を忘れた日本人」(著者 村上兵衛)約30年前に書かれた本であるが、今読んでも何とも納得のいく事柄が多い。
著者は「はじめに」でこう書いている。
『今日の日本人のひとつの特色をいえば、それは「歴史を知らない」ということだろう。とりわけ戦後世代はだいいちに学校で歴史、とくに近代・現代の日本の歴史をろくに習うことなく育ち、社会的にも“歴史意識”をやしなう機会のないままに過ごしてきた。』
(「近代」明治維新以後の時代。 「現代」大東亜戦役以後現在までの時代。)
先の大戦で有史以来、初めて(対外的に)敗北した日本国。その後の占領軍により成された施策の功罪は多くのものがある。しかし、その「ぬるま湯」にながながと浸り、母親の庇護の基よろしく、安穏と木偶の坊然として傘の下で平穏を謳歌していたのも、また、日本国である。その「つけ」が襲いかかってきている。
(これでいいのか、「日本」国,人)
勤勉で、実直で、「義」を重んじる国民。海外でもその評価は高い。
タイに住んでいても心強いものがあるが、その反面、背負っている、「日本国」の認識はずしりと重い気がします。
海外で生活している一人一人がきっと気が付かない中で、漠然とではあるが意識下の中にあることではないでしょうか。
これは、一重に日本人として二千六百年以上の長い歴史の中で培ってきた、日本人としての「意識」(DNAの作用)でしょう。
「タイ国から故国・日本を思う その弐」 は、近い内に投稿させていただきます。
2015年01月01日
タイ国での年末年始の武道修行
私の年末年始は、ここ十年来の恒例となった年越し「武道稽古」で、終わり、そして、始まる。
午後10時半頃に沐浴し稽古着になり、11時頃から稽古を始める。
一年間の思いを込めて、最初は、杖の(全日本剣道連盟制定形)基本12本を行う。
(正面に礼を行い。始める。)
薄暗い道場で静かな気合を込めて、一本一本、足を運び杖をゆっくりと振り、打ち込んでいく。
本手打から返し突を行っているあたりから、うっすらと背に汗が滲んでくる。(やはり、タイである。)
十二本目の体外打をゆっくりと終え、正面に礼を行い杖から太刀に使用する道具を換える。
正面に礼を行い、刀礼を行い、静かに居のままの抜き付けを行う。
粛々と闇の中の仮想敵に向かい抜き付ける。
(家が建築途中の状態であるので、明かりは道路の街灯のみ。)
次に、夢想神伝流 一本目「初発刀」をやはり闇の仮想敵に向かい抜き付ける。
次は、昇段審査上の課題としている、同じく古流の初伝 大森流 九本目「勢中刀」を抜く。
ここで、午後11時50分となったので、居間(?)に戻る。
午前零時。本年の「誓願」(五つ)を記載する。これも、ここ十年来行っている事であり、自分にとっての一年間の願い事や目標でもあり誓いでもある。実現に向けて一年間鋭意努力する。
零時10分。再び道場に。
(正面に礼の後)
杖の全日本剣道連盟制定形 十二本(一本目「着杖」から「乱合」)を「杖」の形のみ稽古を行う。
この薄闇の中で、体を捌き杖を振っていると、自然と古の杖を稽古していた先人達との対話ができてくる。
(稽古;いにしえ「を」かんがえる。くらべる。とどめる。 と辞書にある。)
杖は、四百年以上の歴史がある武術,武道である。この間にこの「道」に携わった、慣れ親しんだ先人達はどれほどの人が居たことだろう。
今、私がここでこうして杖を振っているのも、そういう人達が居たればこその杖道である、と自己納得しての稽古を行う。
次に、居合は、全日本剣道連盟制定形 一本目「前」から十二本目「抜き打ち」をゆっくりと抜く。闇を切り裂く刃筋の音を確認しながら、本年の昇段審査に向けての誓いを新たにする。
最後は、私の居合抜き恒例としている、夢想神伝流 十二本目「抜刀」を行い、大晦日から新年にかけての「稽古」を終了とする。
この年越し「武道稽古」は、前年の稽古の成果を翌年に引き継いでゆくための、貴重な、自分にとっての大切な稽古である。体の続く限りこの稽古を続けていきたいと考えている。
さて、昨年は全剣盟杖道の昇段審査を受審した。本年は同じ全剣盟居合の昇段審査に挑戦をする。
審査に向けては稽古を積んで鋭意努力はするが、本番は、天命を待つのみである。
審査予定は本年9月である。基本を大切に稽古あるのみです。
午後10時半頃に沐浴し稽古着になり、11時頃から稽古を始める。
一年間の思いを込めて、最初は、杖の(全日本剣道連盟制定形)基本12本を行う。
(正面に礼を行い。始める。)
薄暗い道場で静かな気合を込めて、一本一本、足を運び杖をゆっくりと振り、打ち込んでいく。
本手打から返し突を行っているあたりから、うっすらと背に汗が滲んでくる。(やはり、タイである。)
十二本目の体外打をゆっくりと終え、正面に礼を行い杖から太刀に使用する道具を換える。
正面に礼を行い、刀礼を行い、静かに居のままの抜き付けを行う。
粛々と闇の中の仮想敵に向かい抜き付ける。
(家が建築途中の状態であるので、明かりは道路の街灯のみ。)
次に、夢想神伝流 一本目「初発刀」をやはり闇の仮想敵に向かい抜き付ける。
次は、昇段審査上の課題としている、同じく古流の初伝 大森流 九本目「勢中刀」を抜く。
ここで、午後11時50分となったので、居間(?)に戻る。
午前零時。本年の「誓願」(五つ)を記載する。これも、ここ十年来行っている事であり、自分にとっての一年間の願い事や目標でもあり誓いでもある。実現に向けて一年間鋭意努力する。
零時10分。再び道場に。
(正面に礼の後)
杖の全日本剣道連盟制定形 十二本(一本目「着杖」から「乱合」)を「杖」の形のみ稽古を行う。
この薄闇の中で、体を捌き杖を振っていると、自然と古の杖を稽古していた先人達との対話ができてくる。
(稽古;いにしえ「を」かんがえる。くらべる。とどめる。 と辞書にある。)
杖は、四百年以上の歴史がある武術,武道である。この間にこの「道」に携わった、慣れ親しんだ先人達はどれほどの人が居たことだろう。
今、私がここでこうして杖を振っているのも、そういう人達が居たればこその杖道である、と自己納得しての稽古を行う。
次に、居合は、全日本剣道連盟制定形 一本目「前」から十二本目「抜き打ち」をゆっくりと抜く。闇を切り裂く刃筋の音を確認しながら、本年の昇段審査に向けての誓いを新たにする。
最後は、私の居合抜き恒例としている、夢想神伝流 十二本目「抜刀」を行い、大晦日から新年にかけての「稽古」を終了とする。
この年越し「武道稽古」は、前年の稽古の成果を翌年に引き継いでゆくための、貴重な、自分にとっての大切な稽古である。体の続く限りこの稽古を続けていきたいと考えている。
さて、昨年は全剣盟杖道の昇段審査を受審した。本年は同じ全剣盟居合の昇段審査に挑戦をする。
審査に向けては稽古を積んで鋭意努力はするが、本番は、天命を待つのみである。
審査予定は本年9月である。基本を大切に稽古あるのみです。
タグ :日記
2014年10月30日
泰國杖・居合道稽古会定例会の開催(11月)
平成26年度の「泰國杖・居合道稽古会」の稽古は、古の先人達の尊い遺徳を偲び、古都「アユタヤ」にて1月12日にはじまった。
しかし、2月3月と会員の都合がつかずに、稽古会は開催されずにいた。
そんな中にあって、5月22日には、タイ国自体が政権不安定から軍が政治に関与する事態が起きた。
プラユット陸軍司令官が「クーデターで全権を掌握した。」と発表した。
それ以前からバンコクへ稽古に行くと、(デモへの監視か)主要箇所には軍関係者と思われる人々が火器を保持し、立哨する姿がそこかしこで見て取れた。これでは早晩に軍が関与しないと事は収拾されないな、と思っていたことが現実となった。
その後は、私が自分の昇段審査準備のために集中して自宅での稽古を始めたため、バンコク稽古は遠のいてしまった。またこの時期は、会員の内の駐在員の人達の日本帰国も相次いであり、人も集まらないこともあって自然、泰國杖・居合道稽古会の稽古は休会となっていた。
しかし、昇段審査も無事終了しタイへ来てみると、新たな人達を迎えることができた。
それは、この私の拙いブログ「武道修行(道を求めて)」、をタイ国へ渡航してきた企業戦士(駐在員)が読んでくれた。
それも一度に、二名の方です。
嬉しいことにお二人共に、日本国にて夫々流派は違いますが「居合」を修行しての来タイです。
居合刀も持参してきているとのことです。
私とも古流といわれます流派は違いますが、流派を超えた稽古は可能であるし、それを今模索しています。
居合の稽古と共に、私はこのお二人には是非に、「杖道」を稽古していただきたいと考えています。
さて、新たな二人を加えての稽古会、11月の予定です。
11月8日 土曜日 午後6時から2時間(BTSプロンポン駅徒歩3分「剛柔流さくら道場」)
11月16日 日曜日 稽古時間及び場所は、上記の8日に同じ。
私も全日本剣道連盟杖道四段になったこともあり、そこで、新たな気持ちと新たな意気込みを持って、泰國への杖道と居合道の普及啓蒙と浸透を促進していきたいと考えています。
それにはひとりでも多くの「道」の共感者と賛同者を見つけ、共に「道」を歩んで行きたいと考えます。
泰國での日本武道の発展のために。
しかし、2月3月と会員の都合がつかずに、稽古会は開催されずにいた。
そんな中にあって、5月22日には、タイ国自体が政権不安定から軍が政治に関与する事態が起きた。
プラユット陸軍司令官が「クーデターで全権を掌握した。」と発表した。
それ以前からバンコクへ稽古に行くと、(デモへの監視か)主要箇所には軍関係者と思われる人々が火器を保持し、立哨する姿がそこかしこで見て取れた。これでは早晩に軍が関与しないと事は収拾されないな、と思っていたことが現実となった。
その後は、私が自分の昇段審査準備のために集中して自宅での稽古を始めたため、バンコク稽古は遠のいてしまった。またこの時期は、会員の内の駐在員の人達の日本帰国も相次いであり、人も集まらないこともあって自然、泰國杖・居合道稽古会の稽古は休会となっていた。
しかし、昇段審査も無事終了しタイへ来てみると、新たな人達を迎えることができた。
それは、この私の拙いブログ「武道修行(道を求めて)」、をタイ国へ渡航してきた企業戦士(駐在員)が読んでくれた。
それも一度に、二名の方です。
嬉しいことにお二人共に、日本国にて夫々流派は違いますが「居合」を修行しての来タイです。
居合刀も持参してきているとのことです。
私とも古流といわれます流派は違いますが、流派を超えた稽古は可能であるし、それを今模索しています。
居合の稽古と共に、私はこのお二人には是非に、「杖道」を稽古していただきたいと考えています。
さて、新たな二人を加えての稽古会、11月の予定です。
11月8日 土曜日 午後6時から2時間(BTSプロンポン駅徒歩3分「剛柔流さくら道場」)
11月16日 日曜日 稽古時間及び場所は、上記の8日に同じ。
私も全日本剣道連盟杖道四段になったこともあり、そこで、新たな気持ちと新たな意気込みを持って、泰國への杖道と居合道の普及啓蒙と浸透を促進していきたいと考えています。
それにはひとりでも多くの「道」の共感者と賛同者を見つけ、共に「道」を歩んで行きたいと考えます。
泰國での日本武道の発展のために。
2014年02月07日
タイ国武道修行
何事を成す時にもそうですが、目的を定め、又は、目的が定まった時には、目的にあった目標を定めていくものと思います。
ただ我武者羅に時間を掛けて行なえば、良い結果が自然と生まれて来るかというと、そうではないのではないかと思います。
目的が定まり、その目的に基づく目標を定めて、きちんとした管理の下で実行をすれば、確実に良い結果は生まれてくるものと確信をしています。
1.修行目標の確立
私は毎年一月一日、午前零時(大晦日の午後十一時頃に稽古着に着替え、一年間の稽古納めを一人静かに行なう。)になると、武道修行一年間の「誓願」をたてる。
これは、日本にいた時から行なっている。今の武道と出合った十年来行なっている事である。特に、タイに来てからは目標設定という事はある意味大切な要素も含まれている。
タイでは単独稽古が多いため、ややもすると、安易な方法や日常生活に流されがちとなるが、これを決意しておくことで、武道中心生活がより厳しく、密度の濃いものとなってきている。
これがまた楽しみでもあり、一日の生活の「メリハリ」ともなり、欠かせない心と身体の「ささえ」でもある。
〔今も基本「打ち」(本手打)を遣り、休憩しながら記載している。〕
2.松井先生の著書等が稽古の指針
日本から遠く離れており、技等のご指導を直接していただける先生がいません。
そのため一人鏡に向かい基本を繰り返し行なっています。中心をぶらさずに良い姿勢を保ち、基本を忠実に行なうよう心掛けています。そして、不明な点や迷いが生じた時はすかさず、松井先生の著書、『全日本剣道連盟「杖道」写真解説書 改訂杖道入門』,『古流へのいざないとしての「杖道打太刀入門』そして、『全剣連杖道(解説)』を紐解き、また、先生編纂のDVDを見ながら、疑問点や不明な点を逐次解消していきます。
基本の反復を(他の人に見てもらう事ができませんので)、自分で鏡を見ながら強制補強していきます。
3.修行課題(障壁)の構築による昇段審査への挑戦
全日本剣道連盟「剣道称号・段位審査規則」第十六条(受審資格)第四号では、三段受有後三年以上… …。この条件でいくと、二年前に受審は可能であったが、私は四段を初歩からの一つの区切りとして捉えています。一級からの階段数に三段になってからは、段数を自分なりに高めに増設し、また、幅を広くしました。
日本に居る時は、この「受審資格」基準に沿って受審していこうと、目標を設定していたが、タイへ移住してその観念を軌道修正しました。
私も世間一般で呼ばれている「前期高齢者」の年齢、六十六歳になりました。
(しかし、自分では肉体及び精神共に老齢者とは決して思っていないし、考えてもいない。)
そのためでもありませんが、(毎日が暇でもありますので)一年間の目標の各論ともいえる,一日当りの稽古目標を計画しています。
4.一日の稽古目標
午前中又は昼食前の稽古(木刀の素振り中心)
一、杖の基本素振り(肩の準備運動)
逆手打,本手打,引落打,返し突,繰付 肩幅開脚不動
二、木刀素振り
(一)前後開脚 背から大きく下まで切り下ろし 左右足差替え (各二十本)
(二)顔面切付け(顎まで) 前後左右 (十本)
(三)開脚左右受流し切付け(不動) 膝を緩くしやや中腰 (三十本)
(四)前後への切り下ろし (六十本)
(五)開脚左右受流し切付け(不動) 膝を緩くしやや中腰 (六十本)
(六)前後開脚 背から大きく下まで切り下ろし 左右足差替え (各二十本)
この数は目標値であり、その日の調子で増やしていく。
夜は移動しながらの基本打ちを重点に行なう。本手打から体外打までを、ゆっくりと大きく鏡を見ながら相手と、中心軸を意識しながら行なっていく。
5.基礎体力づくり(足腰の鍛錬と心肺機能強化)
(一)膝屈伸運動(足幅肩幅中腰まで) 五十回/回×二回/日
(二)石椅子昇降 石椅子(高さ約四十㎝)利用昇降 三十回/回×二回/日
(三)首上げと腹筋 腹筋百回・首上げ百二十回
(四)反復横跳び 百六十㎝幅を一分間で反復横跳びする。 五十回/分
(五)腕,肩の筋肉増強補助として鉄アレイ(四㎏)を使用。内筋を鍛える。
この数も目標値であり、その日の調子で増やしていく。
以上が、私がタイに着てから今、行なっています一日の稽古内容です。その日によって外出や急な用事ができ、予定どうりに稽古ができない時がありますが、次の日にその分負荷を掛けるように心掛けています。
稽古はとにかく休まず、(正統の)基本を忠実に行なっていく事が大切であると思います。
稽古をした結果は決して嘘はつきません。
必ず良い結果が出ると信じて、日々(基本)稽古を行なっています。
ただ我武者羅に時間を掛けて行なえば、良い結果が自然と生まれて来るかというと、そうではないのではないかと思います。
目的が定まり、その目的に基づく目標を定めて、きちんとした管理の下で実行をすれば、確実に良い結果は生まれてくるものと確信をしています。
1.修行目標の確立
私は毎年一月一日、午前零時(大晦日の午後十一時頃に稽古着に着替え、一年間の稽古納めを一人静かに行なう。)になると、武道修行一年間の「誓願」をたてる。
これは、日本にいた時から行なっている。今の武道と出合った十年来行なっている事である。特に、タイに来てからは目標設定という事はある意味大切な要素も含まれている。
タイでは単独稽古が多いため、ややもすると、安易な方法や日常生活に流されがちとなるが、これを決意しておくことで、武道中心生活がより厳しく、密度の濃いものとなってきている。
これがまた楽しみでもあり、一日の生活の「メリハリ」ともなり、欠かせない心と身体の「ささえ」でもある。
〔今も基本「打ち」(本手打)を遣り、休憩しながら記載している。〕
2.松井先生の著書等が稽古の指針
日本から遠く離れており、技等のご指導を直接していただける先生がいません。
そのため一人鏡に向かい基本を繰り返し行なっています。中心をぶらさずに良い姿勢を保ち、基本を忠実に行なうよう心掛けています。そして、不明な点や迷いが生じた時はすかさず、松井先生の著書、『全日本剣道連盟「杖道」写真解説書 改訂杖道入門』,『古流へのいざないとしての「杖道打太刀入門』そして、『全剣連杖道(解説)』を紐解き、また、先生編纂のDVDを見ながら、疑問点や不明な点を逐次解消していきます。
基本の反復を(他の人に見てもらう事ができませんので)、自分で鏡を見ながら強制補強していきます。
3.修行課題(障壁)の構築による昇段審査への挑戦
全日本剣道連盟「剣道称号・段位審査規則」第十六条(受審資格)第四号では、三段受有後三年以上… …。この条件でいくと、二年前に受審は可能であったが、私は四段を初歩からの一つの区切りとして捉えています。一級からの階段数に三段になってからは、段数を自分なりに高めに増設し、また、幅を広くしました。
日本に居る時は、この「受審資格」基準に沿って受審していこうと、目標を設定していたが、タイへ移住してその観念を軌道修正しました。
私も世間一般で呼ばれている「前期高齢者」の年齢、六十六歳になりました。
(しかし、自分では肉体及び精神共に老齢者とは決して思っていないし、考えてもいない。)
そのためでもありませんが、(毎日が暇でもありますので)一年間の目標の各論ともいえる,一日当りの稽古目標を計画しています。
4.一日の稽古目標
午前中又は昼食前の稽古(木刀の素振り中心)
一、杖の基本素振り(肩の準備運動)
逆手打,本手打,引落打,返し突,繰付 肩幅開脚不動
二、木刀素振り
(一)前後開脚 背から大きく下まで切り下ろし 左右足差替え (各二十本)
(二)顔面切付け(顎まで) 前後左右 (十本)
(三)開脚左右受流し切付け(不動) 膝を緩くしやや中腰 (三十本)
(四)前後への切り下ろし (六十本)
(五)開脚左右受流し切付け(不動) 膝を緩くしやや中腰 (六十本)
(六)前後開脚 背から大きく下まで切り下ろし 左右足差替え (各二十本)
この数は目標値であり、その日の調子で増やしていく。
夜は移動しながらの基本打ちを重点に行なう。本手打から体外打までを、ゆっくりと大きく鏡を見ながら相手と、中心軸を意識しながら行なっていく。
5.基礎体力づくり(足腰の鍛錬と心肺機能強化)
(一)膝屈伸運動(足幅肩幅中腰まで) 五十回/回×二回/日
(二)石椅子昇降 石椅子(高さ約四十㎝)利用昇降 三十回/回×二回/日
(三)首上げと腹筋 腹筋百回・首上げ百二十回
(四)反復横跳び 百六十㎝幅を一分間で反復横跳びする。 五十回/分
(五)腕,肩の筋肉増強補助として鉄アレイ(四㎏)を使用。内筋を鍛える。
この数も目標値であり、その日の調子で増やしていく。
以上が、私がタイに着てから今、行なっています一日の稽古内容です。その日によって外出や急な用事ができ、予定どうりに稽古ができない時がありますが、次の日にその分負荷を掛けるように心掛けています。
稽古はとにかく休まず、(正統の)基本を忠実に行なっていく事が大切であると思います。
稽古をした結果は決して嘘はつきません。
必ず良い結果が出ると信じて、日々(基本)稽古を行なっています。
タグ :武道修行
2014年02月05日
泰国杖・居合道稽古会(定例稽古)2月分
新年の稽古開始をアユタヤにて1月12日(日)に3名の参加で行ないました。
参加した方は、お疲れ様でした。
その後の稽古は、首都バンコクの反政府デモ集会による都内世情不安の影響により、安全に配慮して稽古開始を控えていましたが、2月2日の選挙実施後もデモが解散や消散する様子が伺えません。
このままずるずるとデモ隊に合わせて、稽古を休んでいるわけにいきませんので、以前皆さんにお知らせしました2月の日程(2月9日と2月23日)にて稽古を実施しますので、よろしくお願いいたします。
会場はいつもの桜道場です。
また、暫く私のこのブログ「武道修行(道を求めて)」に、記事の投稿をしていませんでしたが、明日か明後日には、最新の記事を投稿したいと思っていますので、よろしくお願いいたします。
参加した方は、お疲れ様でした。
その後の稽古は、首都バンコクの反政府デモ集会による都内世情不安の影響により、安全に配慮して稽古開始を控えていましたが、2月2日の選挙実施後もデモが解散や消散する様子が伺えません。
このままずるずるとデモ隊に合わせて、稽古を休んでいるわけにいきませんので、以前皆さんにお知らせしました2月の日程(2月9日と2月23日)にて稽古を実施しますので、よろしくお願いいたします。
会場はいつもの桜道場です。
また、暫く私のこのブログ「武道修行(道を求めて)」に、記事の投稿をしていませんでしたが、明日か明後日には、最新の記事を投稿したいと思っていますので、よろしくお願いいたします。
タグ :稽古会
2013年06月09日
泰国杖・居合道稽古会(定例稽古)
本日は、6月12日(水)の稽古の要点を事前に投稿しておきたいと思います。事前にお知らせしておきますので、予習を出来れば遣っていただけますと、当日の稽古が円滑にいくのではないかと思います。
先ずは、自分自身の一人稽古の時もそうですが、「目的意識」を明確に持つことが、武の術技の向上を確実にしていくものと感じています。
ただ単純に稽古日がきたから出かけていこう。着替えて基本、術技をこなし、時間がくれば帰る。
これでは稽古に出かけてくる意味がありません。自宅でお茶でも飲みながら興味のある本でも読んで、横たわっていた方がよいでしょう。
武道を修行するからには、『武の意義と武道の本質』を自分なりに考え(判らない時には聞き)この本質を追求する心こそが、武道を修行していく姿であると思います。そして稽古は短時間でも集中して行えば、よい成果は必ず期待できるものと思います。
さて、水曜日の稽古ですが、基本には運歩,歩法、杖の基本打ち、組形(一本目から六本目)を行い、約1時間で終了し、次に居合を重点に行っていきたいと考えています。
日曜日の稽古はどうしても杖が主体となりまして、居合の形に入っていく事が出来ませんが、水曜日は居合の稽古に重きを成していきたいと考えています。
2013年01月18日に投稿してあります、『剣は「師の位」について』を読んでいただくとお分かりになりますように、杖の技を引出していくのは「剣」ということがお分かりいただけるかと思います。
何の組織においてもそうですが、「原点回帰」が叫ばれていますし、原点を常にみつめています。
復習になりますが、全日本剣道連盟杖道の原点は「杖術」です。
この杖術(神道夢想流)の流祖、「夢想権之助勝吉」は剣術の免許皆伝者です。剣術の修行の中で培った武術の中に、杖(棒)術も併伝されていたのでは、と私は推測しています。
剣術に勝機を見出す為に究極的に編み出されたのが「杖術」であり、剣術の裏を探り出し一瞬の隙を突き、そこに勝機を導き出す技を杖道は持っています。
その為にも剣を使いこなす人が、杖の技(形)を全てを熟知していない事には、杖の技を向上させていくことは叶いません。
杖の技の鍛錬に合わせて、泰国杖・居合道稽古会では剣の鍛錬を行っていますのはそのためです。
それと杖と太刀の保全と保管についてです。
稽古が終わり自宅にて、何時も杖と太刀を「乾いた布」で、軽く汗(水分)を拭き取っておいてください。また、月に1度は適正な「油」を軽く塗布してください。
タイでの稽古は日本と違い、1年を通じて体全体に汗をかいています。特に気が付きませんが、手油も結構出ています。滑らないと円滑な杖操作が不可能にもなってきます。
次に保管場所ですが、杖と太刀は木です。直射日光が当たり高温となる場所や湿気を避け、横にしておいてください。立て掛けておいたり直射日光に当たっていますと、曲がりの原因にもなってきます。これは避けてください。
では、水曜日の稽古のために予習をお願いしまして、今日の投稿は終わらせていただきます。
先ずは、自分自身の一人稽古の時もそうですが、「目的意識」を明確に持つことが、武の術技の向上を確実にしていくものと感じています。
ただ単純に稽古日がきたから出かけていこう。着替えて基本、術技をこなし、時間がくれば帰る。
これでは稽古に出かけてくる意味がありません。自宅でお茶でも飲みながら興味のある本でも読んで、横たわっていた方がよいでしょう。
武道を修行するからには、『武の意義と武道の本質』を自分なりに考え(判らない時には聞き)この本質を追求する心こそが、武道を修行していく姿であると思います。そして稽古は短時間でも集中して行えば、よい成果は必ず期待できるものと思います。
さて、水曜日の稽古ですが、基本には運歩,歩法、杖の基本打ち、組形(一本目から六本目)を行い、約1時間で終了し、次に居合を重点に行っていきたいと考えています。
日曜日の稽古はどうしても杖が主体となりまして、居合の形に入っていく事が出来ませんが、水曜日は居合の稽古に重きを成していきたいと考えています。
2013年01月18日に投稿してあります、『剣は「師の位」について』を読んでいただくとお分かりになりますように、杖の技を引出していくのは「剣」ということがお分かりいただけるかと思います。
何の組織においてもそうですが、「原点回帰」が叫ばれていますし、原点を常にみつめています。
復習になりますが、全日本剣道連盟杖道の原点は「杖術」です。
この杖術(神道夢想流)の流祖、「夢想権之助勝吉」は剣術の免許皆伝者です。剣術の修行の中で培った武術の中に、杖(棒)術も併伝されていたのでは、と私は推測しています。
剣術に勝機を見出す為に究極的に編み出されたのが「杖術」であり、剣術の裏を探り出し一瞬の隙を突き、そこに勝機を導き出す技を杖道は持っています。
その為にも剣を使いこなす人が、杖の技(形)を全てを熟知していない事には、杖の技を向上させていくことは叶いません。
杖の技の鍛錬に合わせて、泰国杖・居合道稽古会では剣の鍛錬を行っていますのはそのためです。
それと杖と太刀の保全と保管についてです。
稽古が終わり自宅にて、何時も杖と太刀を「乾いた布」で、軽く汗(水分)を拭き取っておいてください。また、月に1度は適正な「油」を軽く塗布してください。
タイでの稽古は日本と違い、1年を通じて体全体に汗をかいています。特に気が付きませんが、手油も結構出ています。滑らないと円滑な杖操作が不可能にもなってきます。
次に保管場所ですが、杖と太刀は木です。直射日光が当たり高温となる場所や湿気を避け、横にしておいてください。立て掛けておいたり直射日光に当たっていますと、曲がりの原因にもなってきます。これは避けてください。
では、水曜日の稽古のために予習をお願いしまして、今日の投稿は終わらせていただきます。
タグ :稽古会
2012年05月31日
日本武道(杖,居合)バンコク稽古会の開催
武道稽古会を開催します。
一 日 時 平成24年6月3日(日) 午後六時から午後九時
二 場 所 バンコク日本人会本館 第3会議室
三 稽古内容 (今回は、杖道の稽古をしてみたいと思います。)
〔杖道〕
(一) 準備体操・歩法 (詳細省略)
(二) 杖基本(開足) 逆手打,本手打,引落打,返し突,繰付
(三) 単独動作
基本十二本 ・一本目 本手打~・十二本目 体外打
… 全剣連「杖道解説」23頁~83頁
(四) 制定形
・一本目 着 杖(つきづえ)
・二本目 水 月(すいげつ)
※ 参加者各自ご用意いただきたい「武具」は、
一、 杖
二、 刀
三、 木刀(プラ鞘があれば一緒に)
以上です。楽しく稽古をしましょう。よろしくお願いいたします。
一 日 時 平成24年6月3日(日) 午後六時から午後九時
二 場 所 バンコク日本人会本館 第3会議室
三 稽古内容 (今回は、杖道の稽古をしてみたいと思います。)
〔杖道〕
(一) 準備体操・歩法 (詳細省略)
(二) 杖基本(開足) 逆手打,本手打,引落打,返し突,繰付
(三) 単独動作
基本十二本 ・一本目 本手打~・十二本目 体外打
… 全剣連「杖道解説」23頁~83頁
(四) 制定形
・一本目 着 杖(つきづえ)
・二本目 水 月(すいげつ)
※ 参加者各自ご用意いただきたい「武具」は、
一、 杖
二、 刀
三、 木刀(プラ鞘があれば一緒に)
以上です。楽しく稽古をしましょう。よろしくお願いいたします。
タグ :稽古会
2012年05月19日
バンコク武道(杖,居合)稽古
武道稽古会を開催します。
一 日 時 平成24年5月20日(日) 午後六時から午後九時
二 場 所 バンコク日本人会本館 会議室
三 稽古内容
〔杖道〕
(一) 歩 法 (詳細省略)
(二) 礼 法 座礼 立礼 (詳細省略)
… 全剣連「杖道解説」三頁
(三) 姿 勢 ・立杖 ・提杖
… 全剣連「同上解説」四頁
・杖の構え方
・常の構え
・本手の構え(右本手,左本手)
・逆手の構え(右逆手,左逆手)
・引落の構え(右引落,左引落)
素振り ~ 逆手打,本手打,引落打 … … ~
(四) 基 本 ・一本目 本手打~ ・十二本目 体外打
… 全剣連「同上解説」十五頁
(五) 太刀の構え方および解き方
… 全剣連「同上解説」九頁
・提刀姿勢 ・携刀姿勢 ・帯刀姿勢
・太刀の構え方(詳細省略)
… 全剣連「同上解説」十一頁
・構えの解き方
… 全剣連「同上解説」十三頁
(六)太刀の刀法
・切り付け
・切り下ろし
(七)形
・一本目 着 杖(つきづえ)
・二本目 水 月(すいげつ)
〔居合道〕
(一) 作 法 (詳細省略)
… 全剣連「居合解説」六頁
(二) 刀のにぎり方
(三) 刀の振り方
(四) 横一文字の抜きつけ
… 「居合道虎の巻 その弐」二十二頁
(五) 納刀(段階的な納刀練習)
…「同上」四十六頁
(六) 正座での抜き付け
(七) 正座での切り下ろし
…「同上」三十五頁
(八) 太刀の振りかぶり方
… 全剣連「居合解説」十三頁
(九) 居り敷からの縦血振り
… 「居合道虎の巻 その弐」三十一頁
(十) 横血振り
…「同上」四十四頁
(十一)切り返し
…「同上」五十四頁
(十二)全剣制定居合
・一本目 前(まえ)
上記は、各「道」における「基本中の基本」でありますので、「気」を入れてしっかりと稽古をしていきたいと思っています。
なお、当日若干の変更もあるかもしれませんが、どうかご了承をください。
参加者各自ご用意いただきたい「武具」は、
一、 杖
二、 刀
三、 木刀(プラ鞘があれば一緒に)
以上です。楽しくがんばって稽古をしましょう。よろしくお願いいたします。
一 日 時 平成24年5月20日(日) 午後六時から午後九時
二 場 所 バンコク日本人会本館 会議室
三 稽古内容
〔杖道〕
(一) 歩 法 (詳細省略)
(二) 礼 法 座礼 立礼 (詳細省略)
… 全剣連「杖道解説」三頁
(三) 姿 勢 ・立杖 ・提杖
… 全剣連「同上解説」四頁
・杖の構え方
・常の構え
・本手の構え(右本手,左本手)
・逆手の構え(右逆手,左逆手)
・引落の構え(右引落,左引落)
素振り ~ 逆手打,本手打,引落打 … … ~
(四) 基 本 ・一本目 本手打~ ・十二本目 体外打
… 全剣連「同上解説」十五頁
(五) 太刀の構え方および解き方
… 全剣連「同上解説」九頁
・提刀姿勢 ・携刀姿勢 ・帯刀姿勢
・太刀の構え方(詳細省略)
… 全剣連「同上解説」十一頁
・構えの解き方
… 全剣連「同上解説」十三頁
(六)太刀の刀法
・切り付け
・切り下ろし
(七)形
・一本目 着 杖(つきづえ)
・二本目 水 月(すいげつ)
〔居合道〕
(一) 作 法 (詳細省略)
… 全剣連「居合解説」六頁
(二) 刀のにぎり方
(三) 刀の振り方
(四) 横一文字の抜きつけ
… 「居合道虎の巻 その弐」二十二頁
(五) 納刀(段階的な納刀練習)
…「同上」四十六頁
(六) 正座での抜き付け
(七) 正座での切り下ろし
…「同上」三十五頁
(八) 太刀の振りかぶり方
… 全剣連「居合解説」十三頁
(九) 居り敷からの縦血振り
… 「居合道虎の巻 その弐」三十一頁
(十) 横血振り
…「同上」四十四頁
(十一)切り返し
…「同上」五十四頁
(十二)全剣制定居合
・一本目 前(まえ)
上記は、各「道」における「基本中の基本」でありますので、「気」を入れてしっかりと稽古をしていきたいと思っています。
なお、当日若干の変更もあるかもしれませんが、どうかご了承をください。
参加者各自ご用意いただきたい「武具」は、
一、 杖
二、 刀
三、 木刀(プラ鞘があれば一緒に)
以上です。楽しくがんばって稽古をしましょう。よろしくお願いいたします。
タグ :稽古会