2010年06月18日
少林寺拳法「特徴」 力愛不二
少林寺拳法にはいくつかの「特徴」が有ります。
その中から私が本山にて『開祖』自身から法話をお聞きした中で、一番印象に残っています、心に感銘を覚えた言葉を今日はご紹介したいと思います。
力愛不二
“力なき愛は 無力
愛なき力は 暴力”
開祖は、法話の中でこの言葉の意味を例を出してお話になりました。
『君達、夜、彼女と二人で公園を散歩していたら、風体のよくない輩が3人現れて、
“お金が無いので、お金貸してください。”
と言われたらどうする。
「私お金はありません」とはっきりと断れるか。 どうだ。
相手が次に、 “お金が無いのであれば、その女の子を貸してくれ。”
と言われたらどうする。
「はい判りました。」と言って、彼女を置いて自分だけすごすごと帰ってくるか。
どうだ。
体を張って自分の彼女を守れるだけの『力』が有るか。自信が有るか。最低でも大切な人を守れるだけの自信を持とうではないか。
それには、「行」としての少林寺拳法を鍛錬することである。日々鍛錬することが自然と自分自身の自信にも繋がってくるし、自分自身が頼ることのできる自分ができれば(自己確立)、今度は他の人にも力を貸してあげられる。(自他共楽) どうだ、できるか。 やろうじゃないか。』
このように「開祖」は“力愛不二”を解説してくださいました。いくら愛が有るといっても、頼ってくれる人を守れるだけの力の裏づけが無くては、無力でしかありません。その結末は、悲惨なものが待っていることでしょう。
しかし、自信に満ちた力に裏づけられる行動は、他をも自然と沈黙させられるものが有ると思います。
戦わずして「勝」。
これが私が以前から記載しています、『武の本質』でありまして、“武の意義”そのものであると思います。
“力愛不二” 如何ですか。いい言葉ではないですか。
その中から私が本山にて『開祖』自身から法話をお聞きした中で、一番印象に残っています、心に感銘を覚えた言葉を今日はご紹介したいと思います。
力愛不二
“力なき愛は 無力
愛なき力は 暴力”
開祖は、法話の中でこの言葉の意味を例を出してお話になりました。
『君達、夜、彼女と二人で公園を散歩していたら、風体のよくない輩が3人現れて、
“お金が無いので、お金貸してください。”
と言われたらどうする。
「私お金はありません」とはっきりと断れるか。 どうだ。
相手が次に、 “お金が無いのであれば、その女の子を貸してくれ。”
と言われたらどうする。
「はい判りました。」と言って、彼女を置いて自分だけすごすごと帰ってくるか。
どうだ。
体を張って自分の彼女を守れるだけの『力』が有るか。自信が有るか。最低でも大切な人を守れるだけの自信を持とうではないか。
それには、「行」としての少林寺拳法を鍛錬することである。日々鍛錬することが自然と自分自身の自信にも繋がってくるし、自分自身が頼ることのできる自分ができれば(自己確立)、今度は他の人にも力を貸してあげられる。(自他共楽) どうだ、できるか。 やろうじゃないか。』
このように「開祖」は“力愛不二”を解説してくださいました。いくら愛が有るといっても、頼ってくれる人を守れるだけの力の裏づけが無くては、無力でしかありません。その結末は、悲惨なものが待っていることでしょう。
しかし、自信に満ちた力に裏づけられる行動は、他をも自然と沈黙させられるものが有ると思います。
戦わずして「勝」。
これが私が以前から記載しています、『武の本質』でありまして、“武の意義”そのものであると思います。
“力愛不二” 如何ですか。いい言葉ではないですか。
Posted by 阿羅漢 at 11:56│Comments(0)