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プロフィール
阿羅漢
とにかく日本武道(杖道,居合道,護身術)が好きで、毎日稽古で汗を流しています。
タイ国はイサ-ン地方の田舎町に念願の、武道と日本の文化及び伝統や歴史を知ってもらうための発信基地「少林夢想会」を設立し、日々武道の稽古に勤しんでいます。
自前の道場ですので、稽古はいつでもできます。是非一緒に武道の稽古を遣りましょう。初心者も大歓迎です。心から、お待ちしています。

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Posted by namjai at

2010年04月01日

少林寺拳法「聖句」

 聖句
   『己こそ 己の寄るべ  
       己をおきて 誰に寄るべ  
          よく整えし己こそ まこと得がたき 寄るべなり』
 
 少林寺拳法の開祖はおっしゃいました。
  「この言葉の意味は小学校5年生の子供でもわかる、でも、
   これを実行していくことは本当にしんどい。困難なことである。」

 少林寺拳法にはこの「聖句」の他に、「請願」,「信条」,「道訓」とあります。これら全てを暗記し、道院において拳士全員で唱和をします。特に、道訓はかなり長い文言でありますが、最低でも黒帯を取得する(入門から約1年)までには完全に前文を暗記をして、内容をよく熟知する必要があります。
 さて、この聖句第一句は仏典「法句経」からの引用ですが、自分を良く調整し自分を大切にしてください、ということをいっているかと思います。。
 大切にするといっても、ただただ後生大事に、真綿に包んだ状態にしていれば良いというのではなく、心を澄んだ清浄な心とすると同時に、心の住処である、肉体をも合わせて鍛錬してください、ということではないかと思います。心が透明に澄んだ綺麗な状態になっても、肉体が軟弱で病弱また、ひ弱な体であっては、自立するところか何時もだれか人の支えが必要となってきてしまいます。
 少林寺拳法ではこのことを「自己確立」と呼んでいます。
 また、蛇足ではありますが、釈尊は古代インドの格闘技の錬達者でもあったようです。自己の確立した思想を他に広めようと思い立った時に、艱難辛苦、他の宗教の排除行為や妨害が多く待っていたことと想像されます。武器を持たない仏教徒にとって、無手勝流は必要不可欠な最低限度の行為ではないかと思います。
 他の宗教のように、「右の頬を打たれたら、左の頬を出せ」では、正当な法の布教活動は停止させられてしまいます。
 錫杖は仏教徒の目印であると共に、自己防衛の一つの手段であったと思います。自分の正統な思想を広めるためには、必要最低限度のことではないでしょうか。
 肉体の鍛錬は日々の訓練が必要不可欠であります。少林寺拳法では一歩一段確実に階段を上るがごとく、修学することを基本理念としています。三段跳びで上階に上がったり、初段から突然三段には昇段ができません。いくら優秀な拳士であろうとも。
 良く鍛えられた肉体にこそ、良い精神(心)が宿ってくるものではないでしょうか。それこそが、自分が一番頼れる存在であり信用できる自分であるということを、この「聖句」はいっていると思います。
 今日は少林寺拳法の拳士が唱えています、拳士の心構え「聖句」について記載してみました。  
タグ :少林寺拳法


Posted by 阿羅漢 at 13:39Comments(0)